LESSON 05–06
「望む現実」を創造するための最初の一歩
内側の感覚と目の前の現実を合わせて見ると、いま自分に起きていることを捉える手がかりが増えます。
堀内です。
この教材では、第1チャクラを「現実を創造するための源」、そして現実と向き合うための基礎として扱っています。身体でいえば、尾てい骨のあたりに位置すると捉えます。
「望む現実」を創造するための最初の一歩は、いまの現実に対して自分がどう感じているのかに、素直になることです。
具体的な生活、人間関係、活動など、現実面で実際に起きていることを見ていきます。
内側だけを見ていると、分からなくなることがある
この教材では、最初にこう捉えます。
いまのあなたの現実生活が、
いまのあなたのインスピレーション力をそのまま表している。
ここでいう「そのまま表している」は、起きていることのすべてが本人の責任だという意味ではありません。現実には、外側に原因があることや、自分ひとりでは動かせない条件もあります。
インスピレーションは内的な感覚で捉えるものです。内的な感覚を養うことも、自分の状態を整えることも欠かせません。
一方で、内的な感覚は漠然としています。
「いま、何を感じているのだろう」
「この感覚は何なのだろう」
そうして内面だけを見続けていると、何を基準に、自分の状態が整っているのか、感覚の精度が確かなのか、分からなくなることがあります。
判断基準を内側だけに求めると、現実生活という外側で起きていることが、内側の状態によって引き起こされているのか、それとも外側に原因があるのか、見分けにくくなることがあるのです。
ザワザワには、違う二つの可能性がある
たとえば「ザワザワする感覚」は、過去に体験したトラウマが再生されている感覚である可能性があります。
一方で、本能的なサインからくる、インスピレーションとしての危険信号である可能性もあります。
感覚だけを見ていると、ザワザワしていることは分かっても、そのザワザワが何を表しているのかまでは分からない場合があります。
そのとき、感覚だけで決めず、目の前の現実で実際に起きていることを合わせて見る。そうすることで、いま感じているものが何のサインなのかを見分ける手がかりが増えてきます。
どちらかを急いで決める必要はありません。外側に原因がある可能性も消さずに見ていきます。
現実を、内側の感覚と並べてみる
ここは、かなり強い表現です。
感覚はごまかせます。
とくに見たくないものや、蓋をしているものがあるとき、僕らは自分でも気づかない形で、そこを避けようとすることがあります。
そして、こう続けています。
現実は嘘をつきません。ごまかせません。
だからこそ、生活、人間関係、活動の実際の状態を、内側の感覚と並べてみます。
たとえば、
- 仕方なく付き合っている人間関係
- 食べるためにやっている仕事
- 欲しくもないのに持っているもの
- 「やらなきゃいけないこと」で埋め尽くされているスケジュール
- 過ごしていて心地よさを感じない環境
にいるのか。
それとも、
- 感覚的に「ご縁だな」と感じる人と自然につながり、離れるタイミングで自然と離れている
- 自分が居心地のいいものだと感じるものに囲まれている
- 魂の悦びを感じる仕事に日々打ち込んでいる
- 身の回りのものや関係しているものは、自分で納得のいくものがほとんどになっている
のか。
これは、自分の生活を「良い・悪い」で採点するための例ではありません。内側で感じていることと、外側で実際に起きていることを、切り離さずに見るための例です。
さらに、こんな強い表現もあります。
こういったものは、それまでの僕らの生き方、生活の仕方が
100%反映されているものです。
誰かのせいにしようとも、
「私には仕方のない事情があるから」といった、
言い訳の通じない、動かしようのない現実です。
ここで現実を見るというのは、自分を責めることでも、起きていることをすべて自分の責任にすることでもありません。
病気、暴力、差別、介護、経済事情など、自分ひとりでは動かせない外側の条件もあります。危険や暴力がある場所で、我慢し続けることを勧めるものでもありません。
内側と外側のどちらかに決めつけず、いま何が起きているのかを確かめる。そのうえで、自分が選べる範囲と、自分ひとりでは動かせない範囲を分けて見る、ということです。
「認める」ことから始める
現実を創造するためには、まず、いまの現実を素直に認めることが大切です。
ここでいう「認める」は、その現実を肯定することでも、我慢して受け入れることでもありません。実際に起きていることを、「起きていない」ことにしないという意味です。
第1チャクラがブレているときについて、僕はこう書いています。
そこに向き合わない限りは現実を創造することなどできず、
さらにはブレている状態であれば、
周りに振り回される一方で、
自分で自分の人生を産み出している感覚にはならないでしょう。
この強い言葉は、「すべてを一人で変えなければならない」という意味ではありません。現実と向き合うことには、助けを求めること、危険から距離を取ること、いまは変えられない条件を見極めることも含まれます。
内側の感覚と外側の現実を一緒に見るとき、現実は自分を裁く材料ではなく、次に何を選べるかを確かめる手がかりになります。
その基礎となる「現実と向き合う力」が養われているなら、自分で自分の人生を産み出し、「好きな現実」を創造している感覚へ向かっていけるかもしれません。
もし少しだけ見てみたいなら、いまの生活、人間関係、活動のうち、ひとつだけを思い浮かべてみてください。
- 内側では、何を感じているだろう。
- 外側では、実際に何が起きているだろう。
今日は答えを出さなくても、何かを変えると決めなくても大丈夫です。二つを切り離さずに見てみることが、最初の一歩になります。