『いや、分からないから本物でしょ』っとサラッと答えられるとき、あなたはあなたを掴んでいる

『いや、分からないから本物でしょ』っとサラッと答えられるとき、あなたはあなたを掴んでいる。

 

『 あなたは、何のためにいまの活動しているんですか? 』

 

『 あなたのミッションやビジョンは何ですか? 』

 

と聞かれて、答えることはできますか?

 

” 答えられる ” というあなたは、ヌルい。

 

いや、あなたは自分のことなんて全然分かってない。

 

自分の活動を、自分で把握できるサイズにしてるから。

 

他人にも、自分にも、説明できる枠組みで生きようとしているから。

 

ブログで「ミッション」というテーマはつくってはいます。

セミナーで伝えることもあります。

 

でも、同時にそれそのものを把握できるときなんて、来ないんじゃないのか?そう考えてます。

 

分かるとしたら、いま感じている想いや感覚。

 

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そして、その想いや感覚の瞬間には

意味などないはずで、意味を求めたときから、

ある種のウソになるのでは?

 

僕はそう捉えているのです。

 

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意味を分かるということは、頭で理解しているということ。

 

その処理の間、すでに瞬間からはズレています。

想いや感覚の鼓動とズレています。

 

言い方を変えると、理解できるものなんて本物ではない。

 

頭の枠に落とし込める程度にサイズを小さくしたものだから。

 

僕にも、人生の中で何度か、” いま、飛び込まないといけない。なぜか分からないけど “そう思った瞬間があります。

 

そして飛び込んだとき、必ず自分の予想を超えた展開が待っていました。

それも、いい意味で。

 

僕らの活動は日々の積み重ねで、瞬間瞬間の積み重ねで、そのとき動きと共にあるならば、意味なんてないはずなんです。

 

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つまり、僕らは

意味などない動きの連続性のなかに

生きているってことなんです。

 

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そして、常に ” いま ” が突きつけられているのであれば、意味などない未知に飛び込めるのか?

 

それは ” いま ” もそうだし、明日も明後日も、1年後も10年後も・・一生そうだということです。

 

あなたが、「何のために、それやってるんですか?」って聞かれたら、『いや、分からないから本物でしょ』っとサラッと答えられるとき、あなたは意味を掴んでいます。

 

それは、あなたを掴んでいるということです。

 

それは、あなたの瞬間の鼓動と、世界が同じであるということであり、あなた自身と、それを含む全てのために存在しているという “意味” を生きていることになるのです。

 

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